ここでは、まんぷくのモデルになった人物をドラマのキャラクターと合わせて紹介しています。

2018年10月1日から始まったNHKの連続テレビ小説「まんぷく」は、実在のモデルが多数います。

例えば、「立花萬平(長谷川博己)」は、「現日清食品」の創始者「安藤百福(あんどうももふく)」がモデルになっています。
ヒロインの「今井福子(安藤サクラ)」は、もちろん「安藤百福」の配偶者である「安藤仁子(あんどうまさこ)」がモデルとなっています。

今回は、「まんぷく」モデルになっている人物を紹介していきます。

目次


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今井家のモデル

「今井家」のモデルは「安藤家」です。

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父:安藤重信

大阪で人力車の会社を経営したり、水力発電事業をする資産家でした。

手がけていた事業の悪化で倒産し、一気に家族は貧乏暮らしになってしまいます。

生活は厳しく、家賃が払えずに長屋を追い出されるほどだったようです。


母:安藤須磨(すま)=今井鈴(松坂慶子)

ドラマ内でも「私は武士の娘です」と言っていますが、実際に鳥取藩士の子孫だったようで、「私は武士の娘です」が口癖でした。

家族からは「どうせ足軽でしょ」と冷やかされていたようです。ここもドラマ内と一緒ですね。

貧乏暮らしが続く中、何とかやりくりをして娘たちを学校に通わせていました。


長女:安藤晃江(てるえ)=今井咲(内田有紀)

高等女学校時代はお嬢様で、人力車に乗って通学していたみたいです。

父の事業が傾いてからは、絵を描く事が好きだった晃江は芸術学校の先生に才能を認められ、授業料無しで入学することが出来ました。

父が事業に失敗してからは絵の勉強も出来ない程になり、貴金属店「尚美屋」で働き始めます。

後に久保健治(ドラマ:小野塚真一)結婚したが、久保健治は給料が安かったため、貧乏な暮らしになってしまいます。

結核に感染してしまいますが、生活のために「尚美堂」で再び働き始め、体調が悪化した後、27歳の時に死去してしまいます。


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次女:安藤澪子(みおこ)=香田克子(松下奈緒)

長女の晃江は絵が上手で、絵の愛好家グループに入っており、その愛好家グループの一人に後の婚約者である有元一雄(ドラマ:香田忠彦)がいました。

手のモデルを探していた一雄は、姉の晃江の紹介でモデルをすることになり、このことが縁で結婚することになります。

絵にこだわりがあった一雄は、注文された絵は描かず生活は苦しかったようです。

更に5男3女という大家族で、妹の仁子が着物を売ったお金で、一雄の絵を買っていたみたいです。

戦時中は特に生活が厳しく、長女を食い扶持を減らすために仁子の疎開先に置き去りにするほどだったみたいです。

その後、百福がチキンラーメンの試作品を作る時に長男の一馬と4男の那茅満(なつみ)が手伝い、2人は後に日清食品の重役になっています。

その後に那茅満が日清食品で横領事件をおこして解雇され、一馬も日清食品を辞めています。

その間の詳細は分かりませんが、澪子は83歳で死去しています。


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三女:安藤仁子(まさこ)=ヒロイン:今井福子(安藤サクラ)

仁子が小学生の時代には、既に父の事業が傾いており、家賃が払えず淀川でシジミを採って暮らす日々が続いたようです。

母、須磨のやりくりで高等女学校に進学できた仁子は、水泳が得意で、水泳の選手となって楽しい学生生活がおくれたみたいです。

父の事業が倒産してからは月謝が払えなくなり、3年生の時に1年間休学して学校に復帰後は、大阪電話局で夜勤をしながら学校に通ったようです。

その後、同居していた姉2人も嫁ぎ、父と母と一緒に3人暮らしになります。

家賃が払えず、住んでいた長屋を追い出された家族は、大阪市東淀川区に引越し貧乏生活を続けますが、仁子は働きながら学校に通い、無事に女学校を卒業しました。

卒業後、家族は2番目の姉である澪子の元に身を寄せますが、貧乏な生活は続いていきます。

仁子も働きに出て、都ホテル(現ウェスティン都ホテル京都)で働き始めます。

大阪倶楽部(財界人の社交場)の受付をしている時に井上安正(元陸軍中将)に紹介されて百福と出会いました。

百福のプロポーズを一度は断ったみたいですが、百福の猛アタックで、大阪が空襲を受けるなか昭和20年3月21日に結婚。

百福は当時、日本が植民地化していた台湾の人間で、台湾にいた時代に2人と結婚しており、台湾は一夫多妻制があったため重婚になりますが日本と台湾の戸籍が別で、仁子は正妻という扱いになったみたいです。

※日本は一夫一妻制。戸籍が別に存在したので、法的に当時は認められたのではないでしょうか。

百福は第一夫人の子である長男の宏寿を引き取り、仁子の母、須磨と一緒に4人での生活を始めます。

空襲が激しくなると兵庫県に疎開し、無事に終戦を迎えることになります。

疎開中に仁子は女の子を妊娠しますが、8ヶ月で流産してしまいます。

大阪に出ていた百福は帰宅して流産を知ると、激怒して産婆の家に怒鳴り込んだそうです。

戦後、百福は在日台湾人だったため、中国籍を取得することになり、戦勝国民となり莫大な財産を手に入れることになります。

空襲で焼失した事務所や工場の保険金として4000万(現在の価値で、1000億円)を受け取り大富豪になりました。

その後、街の若者を集めて製塩業を開始。次男の宏基も生まれて順風満帆でした。

長女の明美を妊娠中に百福が脱税容疑でGHQに逮捕され、巣鴨プリズンに収容されました。

財産は差し押さえられ、不服とした百福は黒田覚に弁護団を結成してもらい、処分取消を訴えたが、長引く事態に不安を感じた仁子は涙ながらに必死に説得、起訴を取り下げて財産を没収。

百福が収容中に仁子は長女の明美を出産しており、仁子が家族を連れて百福に面会に来た後の帰り姿を見て起訴の取り下げを決心したみたいです。

そんな中、人に頼まれて在日中国人向けの銀行「大阪華銀」の理事長に就任しますが、経営が悪化して倒産。

理事長の責任問われた挙句、横領容疑で全財産をまたも没収。

執行猶予付きの有罪判決も受けてしまいます。

全財産を失っても百福の事業意欲は衰えず、「ラーメン屋」になると言い出し、借家の庭に小屋を建てて「チキンラーメン」の開発を始めます。

仁子が天ぷらを揚げているのを見て麺を揚げて乾燥させることを思いついて、ついに「チキンラーメン」を完成させることに成功します。

試作品を制作し、梅田の阪急百貨店で実演販売し、チキンラーメンは2分で出来る「魔法のラーメン」と呼ばれました。

知人からお金を借り、古い倉庫を借りて「川田工場」として「チキンラーメン」を製造しました。

昭和33年8月25日に「大阪中央卸売市場」で、「チキンラーメン」の販売が開始されます。

その後に百福は「日清食品」を創業することになります。

昭和43年(1968年)に母の須磨が死去しました。

上の姉、澪子の文章にも記載していますが、澪子の息子が不祥事をおこし、このことが原因で取締役を務めていた仁子も昭和46年(1971年)5月に日清食品を去ることになります。

百福はその後、息子である次男の宏基に社長の座を譲りますが、経営方針の違いから親子喧嘩をしていたみたいです。

仁子も百福と宏基の間に挟まれてキツかったのでしょう。

「夜、主人が宏基の不出来なこと、私への不満、2時間に及ぶ。一番の息子なのに、なぜあのようにクソカスに言うのか。私が甘やかして育てたからだという。そんなに気に入らなければ、好きな人を社長にすれば。八月の私の誕生日の祝いは結構。あの言葉きついのは本当に悪い。」と日記に書いていたみたいです。

このことで、娘の明美に電話で諭され、百福は仁子に謝罪したそうです。

百福が死去した3年後平成22年(2010年)3月19日に老衰のため死去。

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萬平と福子の子供のモデル

安藤宏基=立花源

萬平と福子の間に生まれた1人目の子供。

ドラマ内では、たちばな塩業を営んでいる時に生まれました。

また、ドラマでは長男になっていますが、史実では次男です。

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安藤明美=立花幸

萬平と福子の間に生まれた2人目の子供。

ドラマ内では、萬平が脱税容疑で逮捕され刑務所にいる間に生まれました。

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福子の職場の同僚や親友のモデル

名前不明=野呂幸吉(藤山扇治郎)

「都ホテル(現ウェスティン都ホテル京都)」の機械室で働いていた男性で、購買部で缶詰を買っては仁子に渡していたが、恋愛には発展しませんでした。


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桑島貞子=鹿野敏子(松井玲奈)

安藤仁子の親友の一人で、女学生時代は「仲良し三人組」と呼ばれていた。

仁子が働いているホテルの休憩室でよく会話をしていたみたいです。

女学校卒業後、薬剤師の資格を取って軍医と結婚して中国の大連に渡り、夫はフィリピン人で戦死しています。

大連から日本に戻った後も仁子との交流を続け、薬剤師の仕事は「100歳」を超えても続けています。


馬淵冨美子=池上ハナ(呉城久美)

安藤仁子の親友の一人で、女学生時代は「仲良し三人組」と呼ばれていました。

体も声も大きくよく大笑いしていたみたいです。

その他の詳細な情報は不明。


萬平と職場の同僚のモデル

安藤百福=立花萬平(長谷川博己)

「チキンラーメン」を開発し、日清食品を作った人物。

日本人の設定になっていますが、実際は台湾出身で仁子(福子)の前にすでに結婚もしています。

貧しい人のために塩つくりや栄養食品などを作りますが、脱税容疑で逮捕されるなど波乱万丈の人生を送りながらも諦めずにチキンラーメンを開発します。


詳しい人物像はこちら。
まんぷくのモデル・安藤百福はどんな人物?ドラマと史実の違いを紹介

砥上峰次=神部茂(瀬戸康史)

公式の設定で一番近いのがこの人。

安藤百福が「チキンラーメン」を作り始める前から側近として百福を支えた人物です。

即席麺の開発にも当初から関わり、「日清食品」になってからも百福を支え続け、取締役を歴任しました。

東洋水産(赤いきつね・緑のたぬきを売っている)との特許トラブルで、アメリカで訴訟へと発展し、特許訴訟で「日清食品」が不利になると、和解のために砥上峰次が交渉を担当し、和解を得ますが「日清食品」に有利となる交渉にはならず、交渉失敗が原因で昭和56年(1981年)6月に会社を去ったみたいです。

詳しい人物像はこちら。
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黒田覚=東太一(菅田将暉)

安藤百福が脱税で土地などを差し押さえられたとき、税務署を訴えるときに雇った人物。

詳しい人物像はこちら。
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まとめ

今回は、連続テレビ小説「まんぷく」の実在するモデルについて紹介しました。

現在、分かる萬平の周辺人物や福子のホテル時代の同僚、親友について紹介しています。

意外と実在のモデルに近い形のキャラクター設定になっている人物も多い印象でした。

これからのストーリーでもどんな人物が出てくるか楽しみですね!


キャストについてはこちら。
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